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【逍遥の児】江戸の時計師のものすごい技術

2011/08/29 10:05

 

【逍遥の児】江戸の時計師のものすごい技術

2011/08/23 16:41更新

 

 夏。江戸の風情を感じる。墨田区向島界隈(かいわい)にあるセイコー時計資料館。古今東西の時計と資料を集めている。

 鈴木旻(あきら)館長が案内してくれた。明快な語り口。欧米で活躍した国際派ビジネスマンだ。

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記事本文の続き 「時計の歴史は古い。6000年前、古代エジプトで日時計が用いられるようになりました」

 当時の日時計は、地面に棒を立て、太陽がつくる影と長さで時を知った。古代文明発祥の地、エジプトを含む北半球では、棒の影が右回りに動いていく。その影響で現代に至るまで時計の針は右回りとなったという。

 日本では、西暦671年6月10日、天智天皇が漏刻(水時計)を設置。鐘や太鼓で時を告げた。この日にちなんで大正時代、6月10日を「時の記念日」と定めたという。なるほど。

 日本ではさまざまな時計が開発された。風雅なのは香盤時計。火鉢ほどの大きさのきれいな箱に灰を敷き詰める。香をジグザグ状に置き、着火する。香は一定の速度で燃えていくので、時刻を知ることができた。

 「しかも、あらかじめ、一定の単位で香の種類を変えていたようです。香盤のなかをのぞき込まなくても、香りの変化で時刻がわかったのです」

 セイコー時計資料館は、和時計のコレクションを誇る。徳川将軍家や大名家に伝わった豪華な置き時計。葵の御紋など家紋入り。美しい。その数は200台を超す。

 江戸時代、日本人は夜明け(明け六つ)と日暮れ(暮れ六つ)を時刻の基準とした。昼と夜をそれぞれ6等分して一刻(いっとき)とする。季節によって昼と夜の長さが違うので一刻の長さも異なる。かなり複雑だ。

 江戸時代の時計師たちは、画期的な2本の「てんぷ」(時計の調整器)付き機械装置を考案。昼と夜、自動的に切り替わる時計を発明した。しかも、目覚まし機能も付いているという。

 -音を聞いてみますか、と鈴木館長。はい。聞きたいです。

 「ちりちりちり…」

 現代の目覚まし時計とほぼ同じ音が鳴った。江戸の時計師たちのすごさ。新鮮な驚きだった。

 (塩塚保/SANKEI EXPRESS

 

 この記事は、iza!ブログ

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/524383/

でもご覧になれます。「逍遥の児」は毎週火曜日付SANKEI EXPRESSのコラムです。「江戸の時計師のものすごい技術」は8月23日付で掲載されました。

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スカイツリー横に高層ビル 地上31階から眺望

2011/07/19 10:09

 

スカイツリー横に高層ビル 地上31階から眺望

2011.7.17 12:28
東京スカイツリーイーストタワーの31階、地上約140mの高さからは日本一近く東京スカイツリーを眺めることができる=17日午前、東京都墨田区(中鉢久美子撮影)

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東京スカイツリーイーストタワーの31階、地上約140mの高さからは日本一近く東京スカイツリーを眺めることができる=17日午前、東京都墨田区(中鉢久美子撮影)

 

 東京スカイツリー(高さ634メートル、東京都墨田区)の東側に併設するオフィス・商業ビル「東京スカイツリーイーストタワー」(地上31階、地下3階)の最上階(地上約140メートル)が17日、報道陣に公開された。

 間近にそびえ立つスカイツリーの迫力ある姿を見上げたり、隣接するプラネタリウムの半球状の屋根など足元に広がる風景を見下ろしたりできる。東武鉄道によると、最上階の31階と30階はレストラン街とし、30階には無料の展望台をつくる。

 ビルは東武伊勢崎線や東京メトロ半蔵門線など4路線が乗り入れる押上駅と地下で直結。来年5月、スカイツリーと同時に開業する。

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このニュースの写真

 
東京スカイツリーイーストタワーの31階、地上約140mの高さからは日本一近く東京スカイツリーを眺めることができる=17日午前、東京都墨田区(中鉢久美子撮影)
東京スカイツリーイーストタワーの31階、地上約140mの高さからは日本一近く東京スカイツリーを眺めることができる=17日午前、東京都墨田区(中鉢久美子撮影)
31階、地上約140mの高さからは日本一近く東京スカイツリーを眺めることができる=17日午前、東京都墨田区(中鉢久美子撮影)
31階、地上約140mの高さからは日本一近く東京スカイツリーを眺めることができる=17日午前、東京都墨田区(中鉢久美子撮影)
31階、地上約140mの高さからは日本一近く東京スカイツリーを眺めることができる=17日午前、東京都墨田区(中鉢久美子撮影)
31階、地上約140mの高さからは日本一近く東京スカイツリーを眺めることができる=17日午前、東京都墨田区(中鉢久美子撮影)
 
 上の各写真をクリックすると拡大して見られます。
 これらの記事と写真は、MSN産経ニュース
でご覧になれます。18日(月)付産経新聞2面、SANKEI EXPRESS終面にも掲載されました。
 

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都交通局100年博が開会式

2011/07/14 15:38

 

都交通局100年博が開会式

2011.7.13 23:04

 都交通局は13日、江戸東京博物館(墨田区)で、開局100周年を記念した特別展「東京の交通100年博~都電・バス・地下鉄の“いま・むかし”」の開会式を行った。特別展は9月10日まで。

 この日は一般内覧会も行われ、昭和9年に函館市電に売却され、76年ぶりの里帰りとなった名物電車「ササラ電車」に多くの鉄道ファンが集まり、写真撮影をするなどしていた。旧東京市営バス「円太郎バス」の実車や、明治から平成にかけての東京の交通の歴史を示す貴重な資料なども展示されている。

 開会式では、同博物館の竹内誠館長が「都電など交通は、東京の街の風景と密着して歴史を刻んできた。親子でその歴史を楽しんでほしい」とあいさつした。

 

 この記事は7月14日付産経新聞東京都内版とMSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/region/news/110713/tky11071323050022-n1.htm

に載っています。

 

 都交通局100年博のホームページは

http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/100th/index.html

です。

 

 

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「両国の川開き」が復活

2011/06/30 13:58

 

「両国の川開き」が復活

2011.6.29 22:02
乗客らはスカイツリーを隅田川の船上からゆったりと眺めた=29日午後(矢島康弘撮影)

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乗客らはスカイツリーを隅田川の船上からゆったりと眺めた=29日午後(矢島康弘撮影)

 

 隅田川流域舟運観光連絡会の有志が29日、「両国の川開き」を復活させた。この川開きは旧暦の5月28日から8月28日までの3カ月間、隅田川に涼み舟を漕ぎ出すことを許可された行事。1回目は享保18(1733)年に行われたという。

 この日は、中央区東日本橋の両国橋西詰で安全を祈願した後、元禄時代(1688~1703年)から人気があった定番コースの、日本橋から浅草周辺を行く川上りも「すみだ川 川上り」クルーズで再現した。乗客は船上から完成間近のスカイツリーを見上げていた。

 

 この記事は6月30日付産経新聞東京都内版とMSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/region/news/110629/tky11062922030013-n1.htm

に掲載されています。

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旧東京市電 函館「ササラ電車」76年ぶりの里帰り始まる

2011/06/28 09:38

 

旧東京市電 函館「ササラ電車」76年ぶりの里帰り始まる 

2011.6.27 21:49
東京に移送するためトレーラーに積み込まれる「ササラ電車」=27日、北海道函館市

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東京に移送するためトレーラーに積み込まれる「ササラ電車」=27日、北海道函館市

 

 江戸東京博物館(東京都墨田区)で7月14日から開かれる特別展に展示するため、北海道函館市で「ササラ電車」が27日、移送する作業が始まった。

 旧東京市電の路面電車を改造したもので、現存する最古の車両とされ、ほぼ76年ぶりの里帰りとなる。

 作業員約10人が2台のクレーンを使って黄色と黒のしま模様の車両(約10トン)をつり上げ、トレーラーに積み込んだ。陸路とフェリーで8日間かけて運ぶ。

 都などによると、車両は明治36~37年に製造された。昭和9年の大火で路面電車の3分の2を失った函館市が東京から45両を購入。このうちササラ電車に改造した2両は、いまでも現役だ。

 都交通局の創業100年記念事業として、壁紙など内装の一部が当時のままの1両を借り受けた。作業を見守った同局の仲西洋一さんは「都営交通のルーツと言える電車を多くの人に見てもらいたい」と話した。

 

 この記事は産経新聞28日付東京都内版とMSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/region/news/110627/tky11062721510008-n1.htm

に掲載されています。

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隅田川花火の協賛金募集

2011/06/28 09:32

 

隅田川花火の協賛金募集

2011.6.27 21:52

 隅田川花火大会実行委員会は8月27日に行われる大会の市民協賛金を募集している。口数に応じて観覧席へ招待する。中止でも協賛金は返還しない。

 募集口数は、いす席の東京都墨田区側両国親水テラスが(1)1800口(1口5千円、1口1人招待)。4口まで応募可。ビニールシート席の台東区リバーサイドスポーツセンター野球場は(2)一般1800口(同6千円、同5人以内)(3)団体40口(同2万4千円、同22人以内)でどちらも応募は1口。

 往復はがきに希望会場、代表者の氏名、郵便番号、住所、電話番号、(1)の希望者は協賛口数、(2)と(3)の希望者は来場者数を明記し、〒110-8615 (住所不要)台東区役所内隅田川花火大会実行委事務局・市民協賛係。7月11日消印有効。問い合わせは同区役所(電)03・5246・1111。

 

 この記事は28日付産経新聞東京都内版とMSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/region/news/110627/tky11062721530009-n1.htm

にも掲載されています。

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【産経大江戸ウオーク】

2011/06/24 09:46

 

【産経大江戸ウオーク】
「江戸情緒 すみだ・向島を歩く」

2011.6.24 07:54 (1/3ページ)
大江戸ウォーク「すみだ・向島を歩く」 =4日、東京都墨田区(寺河内美奈撮影)

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大江戸ウォーク「すみだ・向島を歩く」 =4日、東京都墨田区(寺河内美奈撮影)

 

 ■スカイツリー望み、新緑の東京満喫

 産経大江戸ウオーク「江戸情緒 すみだ・向島を歩く」が6月4日、開かれた。多彩な表情を見せる東京スカイツリーを望みながら、江戸の風情を色濃く残す下町歩きを楽しんだ。(塩塚保)

 

 空が晴れ渡っている。参加者約450人は、13班に分かれて両国・江戸東京博物館をスタートした。江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎の生誕地である北斎通りを元気よく歩いていく。新緑の大横川親水公園の角を曲がった。はっとする。スカイツリー(634メートル)が天を突く。自立式電波塔としては世界で一番高い。完成は来年5月の予定だ。

 

 東日本大震災の被災地からの参加者がいた。宮城県女川町、平塚征子さん(67)。いま、長男宅(東京都板橋区)に避難している。3月11日、長男の家族は孫(4)の誕生日祝いのため、実家に帰省していた。石巻市でプレゼントの買い物中、大地震に襲われた。

 

 車で実家に戻る途中、眼前に津波が迫ってきた。機転をきかして裏道を登り、難を逃れた。実家はされた。だが、家族は無事だった。「母の気分転換に」と嫁の沙織さん(33)が申し込んだという。

 

 「スカイツリーなど東京に触れ、満喫しました。義援金のこともうれしく思います」

 

 水戸街道を通って鳩の街通り商店街へ。昭和の香りが漂う。

 

 向島百花園に着いた。江戸時代、骨董(こっとう)商で財を成した佐原鞠塢(きくう)が隅田川に近い広大な敷地を求め、開園した。四季折々の草花が美しい。園内ではいまも子孫が『茶亭さはら』を営んでいる。江戸が現代に息づいているのだ。

 

 近くで東京血管外科クリニックと東京有明医療大学のスタッフが疲れた足をケアした。参加者たちは「名案ですね。これで午後の部もがんばれます」。

 

 

 昼食後、七福神をまつる寺社や快適な隅田川河畔を歩き、ゴールの江戸東京博物館へ。拍手で迎えられ、笑顔で完歩証を受け取った。

 

                   ◇

 

 ≪参加者の感想≫ 

 

 ■団体だと楽しさ倍増/東京の下町いい 

 

 ◇職場の同僚2人と参加した神奈川県横須賀市の千葉由香子さん(21) 「ウオーキングは初体験。スカイツリー周辺の名所が分かり、楽しかった。初めは歩くのに自信がなかったけど、大丈夫だった。次も参加したい」 

 

 ◇夫婦で参加した栃木県小山市の主婦、小林和子さん(62) 「前から東京スカイツリーを見たかったので良かった。一人じゃおっくうで来られないし、団体だと楽しさ倍増ですね」 

 

 ◇四国旅行から帰って来たばかりという静岡県磐田市の無職、後藤三郎さん(77) 「東京の下町もいいものですね。バス観光と比べ、いろんな所が見られて、感謝しています」 

 

 ◇日傘を差しながら最後まで歩き切った東京都江戸川区の上智大4年、須藤里紗さん(21) 「軽い気持ちだった。距離があってびっくりしました。でも、たくさん名所が見られた」

 

                   ◇

 

 ■ご協力ありがとうございました

 

 今回の産経大江戸ウオーク「江戸情緒 すみだ・向島を歩く」は東日本大震災復興支援事業として開催しました。参加費や協賛金の一部、会場で寄託された参加者からの浄財を合わせ50万円を産経新聞厚生文化事業団を通じて被災地にお送りします。皆さまの温かいご支援ありがとうございました。

 

                   ◇

 

 【主催】産経新聞社  【後援】厚生労働省、東京都、墨田区

 【支援協力】三菱商事、東京血管外科クリニック、東京有明医療大学

 【特別協力】メタボリックシンドローム撲滅委員会

 【協力】万座温泉日進舘、第一ホテル両国

 

 この記事は24日(金)付産経新聞生活面とMSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110624/trd11062407580005-n1.htm

に掲載されています。

 

 

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《すみだ人国記》トスネット 代表取締役社長 佐藤康廣氏(66)

2011/06/23 11:13

 

 

◆墨田で育んだ行動力

 

 ちょっとした自慢がある。「僕は東吾嬬小学校第1回卒業の卒業証書第1番なんですよ」

 

 

(瀧誠四郎撮影)

 

 五十音順で出席番号が決まる現在とは違い、当時は生年月日順になっていた。昭和20年4月3日生まれは「いの一番」だった。

 曳舟で生まれ、向島で育った。「家は立花で越後屋という米屋をやっていましてね。米屋のせがれで、ちっちゃい時から近所に配達に行ったりして、下町の人たちの人情を肌で感じながら大きくなったんです」

 地元の日大一中から日大一高に通い、日大を出て就職した後、縁あって仙台で起業した。交通誘導警備が中心の東北タイショウ警備保障。「東北の大将になる」との思いをこめた。昭和52年。ちょうど東北新幹線が伸びていく時期、仙台駅改築に照準が合っていた。

 以来、社名変更したトスネットは順調に業績を伸ばし、いまや拠点は東日本17都県、グループ全体で約3500人の従業員を持つ国内有数の警備会社だ。施設警備や列車の見張り、イベント警備やロードスタッフなど活動範囲を広げ、1998年長野冬季五輪や2002年FIFAワールドカップの警備でも活躍した。

 

 

本社はずっと仙台。その拠点が今年3月11日、大きく揺れた。東日本大震災。「社屋の壁にクラックが入り、岩沼と大船渡の営業所は浸水しました。安否確認すると従業員1人亡くなっており、家族や家がされたものもいました」

しかし、「東北の大将」のその後の動きは素早かった。態勢を整えると、仙台市ガス局に毎日240人を緊急出動させたほか、高速道路のガスステーション警備に24時間体制で240人、瓦礫の撤去に180人を派遣した。

 

 

 

気仙沼など港湾での警備はずっと続けている。大きな被害をうけた釜石市と陸前高田市には営業所を開いた。「警備の経験を活用してもらえばという思いがありました。被災地への企業進出第1号でした」

こうした思いや行動は、下町の人情のなかで育まれたという。だから、墨田区への思い入れも人一倍強い。昨年、東京スカイツリーの膝元に墨田営業所を開設した。

「墨田はスカイツリーで大きく変貌するでしょう。でも新しい街づくりに、下町の人情だけは忘れてもらいたくないですね」

http://www.tosnet.co.jp

 

 

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【逍遥の児】墨田のお寺で怪談を聞く

2011/06/22 09:43

 

【逍遥の児】墨田のお寺で怪談を聞く

2011/06/21 10:46更新

 梅雨の夜。東京・墨田区の法性寺(ほっしょうじ)。本堂にあやしい灯がともる。和服姿の大橋芳枝さんが背筋を伸ばして端然と正座。静かに語り始めた。怪談「逢魔(おうま)が時の妖怪」。江戸の小間物商人が、店に現れた正体不明の美女と暮らし始めたという。

 墨田区の民話を発信する「げんごろう」とJTBが協力し、この夏、「お寺で怪談の夕べ」を企画した。東日本大震災で節電が求められるなか、恐い話を聞いて震え上がろうという趣向だ。

 会場には、JTB常務取締役(地域活性化担当)、清水愼一さんが福島復興支援会議のあと、駆けつけた。

 「お寺で怪談を聞いて、ゾクゾクと寒くなる。この夏、ぴったりの企画じゃないですか」

 清水さんは地元・両国育ちだ。

 「わたしが子供の頃、日が暮れると町は闇。置いてけ堀のあたりをひとり歩くと、水のなかに吸い込まれそうで、そりゃ、恐かったもんです」

 墨田区には本所七不思議が伝わる。(1)置いてけ堀(2)狸囃子(ばやし)(3)片葉の葦(あし)(4)足洗い屋敷(5)送り提灯(ちょうちん)(6)消えずの行灯(あんどん)(7)送り拍子木。

 置いてけ堀とは、こんな話だ。本所の堀で男が魚を釣っていた。釣果(ちょうか)はまずまず。日が暮れたので、帰り支度を始めた。さて、この魚で一杯やるか。すると、どこからか不気味な声が響いてくるではないか。「置いてけ」。不審に思った男が魚籠(びく)をのぞく。釣ったはずの魚が1匹もいない。男は震え上がって逃げ帰ったという。

 墨田区の町おこしに積極的な会社社長、久米信行さんは語る。

 「奇怪な話はたくさんあります。法性寺そばの北十間川には、江戸時代、河童(かっぱ)が棲んでいた。深川の河童と血みどろの戦いをしたとか。また、うちのおじいちゃんは人魂(ひとだま)を目撃しています。一方、あやしい路地裏に意外な名店があったりして、墨田の町は奥深いのです」

 さて、怪談は佳境に入っていく。小間物商人が仕事で房総半島に出かけた。日が暮れてきた。留守を預かる若い美女が行灯に火をともす。その場面を友人がこっそりのぞいていた。女の形相が変わっていく。油をなめはじめた。ぺろぺろ。ぴちゃぴちゃ。

 (塩塚保/SANKEI EX PRESS

       ◇

 ■逍遥 気ままにあちこち歩き回ること。

 

 この記事はブログで楽しむニュースサイトiza!

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/household/513533/

でご覧になれます。元の記事は21日(火)付SANKEI EXPRESS 30面に掲載されました。

 

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墨田区限定 「トーキョーサイダー」を発売

2011/06/21 09:33

 

墨田区限定 「トーキョーサイダー」を発売

2011.6.20 18:54
墨田区で復刻発売された「トーキョーサイダー」のオリジナルバージョン(丸源飲料工業提供)

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墨田区で復刻発売された「トーキョーサイダー」のオリジナルバージョン(丸源飲料工業提供)

 

 戦後の復興期に都内で発売された地サイダー「トーキョーサイダー」が20日、地元の東京都墨田区内限定で復刻発売された。砂糖自体が高級品で、ぜいたく品だったなつかしい味の飲料水が、東京スカイツリー開業を前に再び登場、町おこしに一役を買う。

 トーキョーサイダーは昭和22年、東京市向島区吾嬬町(現・墨田区立花)で丸源飲料工業が製造販売した炭酸飲料。当時サイダーは物品税がかかる高級飲料で、家庭では特別な日に、外では映画館や遊園地、喫茶店などで親しまれた。大衆酒場では酎ハイの割材として人気を集めた。

 戦後、外資系飲料の進出で需要は徐々に減り、昭和64年に販売をやめたが、トーキョーサイダーの味や思い出の風景を懐かしむ声が多く、来年のツリー開業を機に「地元の活性化に貢献したい」(同社事業部)と完全復刻することにした。

 瓶のサイズ、形状、王冠、ラベル図柄、レシピなどすべて当時のまま再現した。ラベル中央の図柄は旧両国国技館で、関東大震災、第二次世界大戦で焼失を免れ復興のシンボルだった姿が描かれている。

 このオリジナルバージョン(340ミリリットル、250円)に加え、スカイツリーバージョン(300ミリリットル、380円)も同時発売する。こちらはスラリとした円(えん)錐(すい)形の瓶にツリーの姿が描かれ、ツリーを運営する東武タワースカイツリーの地域優遇策で公認ライセンス商品に認定された。

 2種のトーキョーサイダーは区内の居酒屋、和洋食店、喫茶店などの飲食店や駄菓子屋、酒店、コンビニエンスストアなどで飲んだり買ったりできる。同日、トーキョーサイダー公式サイトで店舗名と地図一覧の公開も始まった。

 同社は「復興のシンボルだったサイダーで、いま再び墨田区を元気にしたい。このサイダーを飲むためにぜひ墨田区に出かけて」と呼びかけている。

 

 この記事と写真は21日付産経新聞東京都内版とMSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/region/news/110620/tky11062019000017-n1.htm

に掲載されています

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